こんにちは!あんずです。
「よしなしごと」のカテゴリーでは、私が好きなように書き物をしています。
今日は、星野道夫さんの写真展「悠久の時を旅する」へ行き、思ったこと感じたことを書こうと思います。
星野道夫さんという写真家、そして彼の写真展について知ったのは、彼の著書『旅をする木』がきっかけでした。
そちらのエッセイ集もとてもおすすめできる本ですので、よろしければまずはこちらのあらすじを読んでみてください!

写真展「悠久の時を旅する」
『旅をする木』を読んで、星野道夫さんのことが好きになりました。
ぜひ彼の写真をみたいと思い、亡くなってから25年が経っていることは知りつつも、東京あたりで写真展をやらないだろうかとインターネットで検索をしました。
すると、なんという偶然か、私が通った高校の最寄り駅の隣の駅で、写真展「悠久の時を旅する」がやっているというのです。
これは絶対に行かなくてはと思い、本を読み終わって数日後には写真展へ赴きました。
写真展「悠久の時を旅する」は、月並みな感想ですがとても素晴らしいものでした。
写真が持つ力を、改めて(いや、初めてと言った方が正しいかもしれません)、感じることができました。
心に残る1枚はたくさんあるのですが、今日はその中でも特に心を動かされた3つのことについて書きたいと思います。
星野さんの字
いきなり、写真ではなくてすみません。でも、本を読んでいた時から星野さんの字は印象に残っていましたが、写真展にあった展示物を見て、さらに印象深いものになったのです。
本を読んでいた時から印象に残っていた星野さんの字というのは、”Michio Hoshino”というアルファベットで書かれた自身の名前です。
みたことがない方はぜひネットで検索してみてほしいのですが、この署名としての”Michio Hoshino”は、少し押しつぶされたように横に長く、アルファベット同士の間隔は少し広め、そしてまるっとした曲線的なペン運びで書かれています。
まだ三分の一も読み進めていない時、星野さんのこの字を改めて見て「なんだか可愛い字だなぁ」と思いました。
私の知り合いには英語が第一言語の人、そして第一言語でなくともなんの苦も無く英語を話す人が比較的たくさんいます。
彼らが書く英語としてのアルファベットから感じられるのは、丁寧さよりも年季の入ったそれぞれの書き癖です。英語を使って世界を見て書いて、生きてきたのだから当然です。日本語を第一言語とする日本人が書く文字にも同じことが言えると思いますし、それが言えるからこそ丁寧な文字への憧れやペン習字というものがあるのでしょう。
年季の入った書き癖が出ているようなアルファベットを見慣れていた私にとって、アルファベットで書かれた星野さん自身の名前は新鮮でした。
ゆったりと横にスペースを使い曲線的なペン運びで書かれた名前は、年季の入った書き癖が出るそれとは対照的に映り、「アルファベットを書きなれてなさそう=若い感じがして可愛い」という印象になったのだと思います。
しかし、遅くとも『旅をする木』を読み終えた時点で、その印象は正すべきでした。
なぜなら、星野さんがアラスカ大学を出ていること、15年以上アラスカで生きてきたことを本を通して知ったわけですから、アルファベットを書きなれていないわけがないと気づくべきだったからです。
でも、『旅をする木』を読み終えた時の私は、もっと他のことー星野さんの「生きること」「人間」に対する思いなどーへ思いを巡らせることに忙しく、星野さんの字のことはすっかり頭から抜けていたのです。
そして今日、写真展「悠久の時を旅する」の展示物で、再び星野さんの字を拝見しました。
最初に目にしたのは、原稿用紙に日本語で書かれたレポートの一部でした。一目見ただけで「これは星野さんの字だ」とわかりました。
もちろん、星野道夫さんの写真展に来ているのですから、そりゃあ星野さんが書いたものが展示されているでしょう。
でも、文字と文字の間隔の取り方やまるっとしつつちょっとつぶれたようなペン運びが、”Michio Hoshino”とアルファベットで署名を書いた人のものだと一瞬でわかりました。
書道で賞を取れるような綺麗な字ではないけれど、なにか温かみとがありました。
そして、その次に展示されていたのが星野さんが19歳の時にシシュマレフ村へ出した手紙です。
シシュマレフ村への手紙は、もちろん英語で書かれています。そして、その字は筆記体でした。
それを見た時、やっと私は『旅をする木』を読み終えた時に気づくべきだったことに気づいたのです。
「拙い英語で申し訳ない」と言いつつも、十分しっかりした英語の手紙を書かれていた19歳の星野さん。そして、その後15年以上もアラスカで生きた星野さん。
それだけ英語に慣れ親しんで生活していたら、署名を筆記体にしたっておかしくはないと思うのです。現に、私がアメリカで知り合った多くの人は、署名をする時は筆記体を使います。
それでも、署名をする時はしっかり一文字ずつ一線ずつ自分の字を書いていたことに、なにか意思を感じたくなってしまいました。
ちなみに、筆記体で書かれたシシュマレフ村への手紙も、最後に書かれた署名だけは活字体で一文字ずつしっかりと書かれていました。私が本を読んでいる時にみた20年ほど年を取った星野さんが書いた署名よりも、心なしか文字が縦に向かって伸びているように感じました。
気のせいかもしれませんし、特別な理由はなくたまたまそういう字になっただけかもしれません。
でも、上に伸びるような19歳の頃の若い字が、20年ほどの時を経て重ねられた、私には想像もできないような経験の数々が、星野さんの字を少し潰れたような、でもしっかりとした筆跡の字に変えたのかもしれないなと思いました。
凪いだ海とウミアック
私に深い印象を与えた写真の一枚目は、エスキモーの人々がクジラ漁へ出る姿を撮ったものです。
彼らは写真の中で、ウミアックという伝統的なクジラ漁のボートを漕いでいます。
海は凪いでいて、白夜の光でうすら明るい空には満月が浮かんでいます。
私は、白夜も見たことがなければ、完全に凪いだ海というものも見たことがありません。さらには、ウミアックというボートも星野さんの本を読んで初めて知りましたし、エスキモーの人々のこともほとんど知りません。
この写真に写る自然、人々、そしてその人々が生きるために使う道具は、すべて私の知らないものでした。
だからでしょうか、この写真を見た時、一瞬めまいがしたように感じました。そして、そのめまいの仕業なのか、ボートを漕ぐ人々が凪いだ海を静かに、でも力強く進んでいく様子がみえた気がしました。
時間的にも地理的にも隔たりがある写真の中のエスキモーの人々の極寒の地で強く生きる様をみて、私と同じ人間であるという近さと、全く違った生き方をしているという遠さを同時に感じたことが、めまいを感じさせたのかもしれません。
一枚の写真が持つ力の強さを知ると同時に、せめて1つでいいからこの写真に写っているものを知りたい、完全に凪いだ海を見てみたいと強く思いました。
優しい目
心に深く残っているもう一枚の写真は、ドン・ロスさんの写真です。
ブッシュパイロットであるドン・ロスさんが、彼の愛機のセスナに手をかけて少し寄りかかり、日に照らされながらどこか遠くを見つめている写真です。
ドン・ロスさんは『旅をする木』にも登場するのですが、その時からとても気になる人物でした。
どう気になるのかと言うと、どんな表情をするのか、どんな空気をまとっているのか、どんな話をするのか、その人となりが気になったのです。
星野さんの書きぶりから、きっと穏やかで強い人なんだろうと思います。しかし、親友である星野さんですら聞くことができなかったブッシュパイロットになった経緯や、かねてからの夢を実現させて冬はアフリカの難民キャンプに物資を運ぶ飛行をしている話…
私には想像もできないくらいの苦しみや悲しみを経験してきたのだと思います。ただ、何も知らない若輩者の私は、その夢はまたドン・ロスさんへ苦しみや悲しみを与えることになるのではないか、それを超えたなにがあるのだろうかと思ってしまいます。
『旅をする木』を読んで、そんな勝手なことをドン・ロスさんに対して思っていたのですが、写真展で静かに並ぶドン・ロスさんをみて、そしてその青く穏やかな目をみて、急に涙が出そうになりました。
本当に綺麗な目だと思いました。人の目が綺麗だと心から思ったのは、人生で2度目の経験でした。
そして、きっとこの人は星野さんが『旅をする木』で綴った「深く老いること」を静かに体現しつつあるのではないかと感じました。
「深く老いること」について綴られた文は、『旅をする木』の中でも私が特に好きな文です。
そちらを引用して、この記事を終わりたいと思います。
…深く老いてゆくということは、どれだけ多くの人生の岐路に立ち、さまざまな悲しみをいかに大切に持ち続けてきたかのような気がしてくる。
星野道夫『旅をする木』p.180より
ここまで読んでくれた方、駄文にお付き合いいただきありがとうございます。
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